フェアトレードの作り手たち

カカオの根を張る女性たち:ガーナのフェアトレード生産者が描く、子どもたちの未来と豊かな森

Tags: ガーナ, カカオ, フェアトレード, 気候変動, 女性のエンパワーメント

ガーナのカカオ農園に暮らすアミナさんの日々

西アフリカに位置するガーナ共和国は、世界有数のカカオ生産国として知られています。その豊かな土壌が育むカカオは、私たちの食卓に並ぶチョコレートの原料として欠かせないものです。しかし、このカカオが育つ現場では、生産者たちが厳しい現実と向き合っています。

アシャンティ州コフォリドゥア近郊の小さな村に暮らすアミナ・クワメさん(40代)も、その一人です。彼女は夫と3人の子どもたちと共に、代々受け継がれてきた農園でカカオ栽培に励んでいます。アミナさんの朝は早く、まだ星が残るうちから畑へと向かいます。カカオの収穫は手作業で行われ、剪定、病害虫の管理、そして収穫後のカカオ豆の発酵と乾燥まで、一連の作業は多大な労力を要します。アミナさんの家族の食事は主に、主食であるフフ(キャッサバやプランテンを臼でつき、練り上げたもの)やココヤム(タロイモの一種)といった炭水化物と、野菜や魚を煮込んだスープです。日々の労働で得られる収入は不安定であり、特にカカオの市場価格が変動する時期には、家族の生活を支えることが困難になることも少なくありませんでした。子どもたちが学校に通うための学費や、急な病気になった際の医療費の捻出は、常に大きな課題でした。

フェアトレードとの出会い:生活に安定と希望をもたらす変化

アミナさんの生活に転機が訪れたのは、彼女の村が地元のカカオ生産者協同組合「クアパ・ココ(Kuapa Kokoo)」に加入し、フェアトレード認証を取得したことでした。クアパ・ココは、ガーナ国内に約10万人の組合員を擁する大規模なフェアトレード組織であり、その活動は生産者自身が組合を運営し、意思決定に参加するという点で特筆されます。

フェアトレードに参加することで、アミナさんの家族の生活には具体的な変化がもたらされました。まず、最も顕著なのは収入の安定です。フェアトレードでは、市場価格が暴落しても生産者の生活が守られるよう「最低価格」が保証されます。さらに、コミュニティ開発に充てられる「フェアトレード・プレミアム」が上乗せされて支払われます。アミナさんのような小規模農家の場合、フェアトレード以前と比較して、カカオ豆1トンあたりの収入が平均で約10〜15%増加したという報告もあります。この安定した収入により、子どもたちは全員が地元の小学校に通えるようになりました。以前は長女が家計を助けるために畑仕事を手伝うこともありましたが、今では放課後に友達と遊んだり、宿題に集中したりできる時間を確保できています。

フェアトレード・プレミアムは、組合のメンバーが話し合い、地域のニーズに応じて使われます。アミナさんの村では、このプレミアムを利用して深井戸が掘削され、安全な飲料水へのアクセスが改善されました。また、簡易的な診療所が設置され、基本的な医療サービスを受けられるようになったことも大きな恩恵です。

特に注目すべきは、女性のエンパワーメントへの影響です。クアパ・ココでは、女性生産者の参加を積極的に促しており、組合内でのリーダーシップ研修や、石鹸作りやパン作りなどの代替収入源となる事業開発の支援も行っています。アミナさんも組合の女性部会に参加し、他の女性たちと共に、カカオ栽培以外の収入源を確保するための技術を学んでいます。これにより、彼女たちは経済的に自立し、家庭内やコミュニティでの発言力を高める機会を得ています。

直面する課題と持続可能な未来への取り組み

しかし、フェアトレードがもたらした恩恵がある一方で、アミナさんたちは新たな、そしてより深刻な課題にも直面しています。最も喫緊の課題の一つは、気候変動です。近年、ガーナでは干ばつと異常な豪雨が交互に発生し、カカオの収穫量に大きな影響を与えています。カカオの木は繊細で、気候の変化に敏感です。また、病害虫、特に「カカオポッドボアラー」のような病気が蔓延しやすくなっていることも、収穫減の要因となっています。農園の土壌疲弊や、老朽化したカカオの木の更新も長期的な課題です。

こうした課題に対し、フェアトレード組合と関連団体は多角的な支援を行っています。クアパ・ココでは、気候変動への適応策として、シェードツリー(日陰を作る木)の植林を推奨し、カカオの木を高温や乾燥から守る取り組みを進めています。また、多様な作物をカカオ畑に導入するアグロフォレストリーの推進により、土壌の健康を維持し、生物多様性を高めるとともに、食料安全保障の向上にも貢献しています。アミナさんの農園でも、すでにいくつかのアフリカミッドナイトプラムの木が植えられ、カカオの木を守りながら、家族の食卓を豊かにしています。

さらに、組合は病害対策の研修を定期的に実施し、持続可能な有機栽培への転換を推奨しています。質の高い苗木の提供や、老朽化した木の計画的な植え替えプログラムも進められており、長期的な視点での生産性向上を目指しています。アミナさんはこれらの研修に積極的に参加し、新しい栽培技術を学び、自身の農園で実践しています。

児童労働の問題に対しても、フェアトレードの原則に基づき厳格な対策が講じられています。プレミアムを活用した学校建設や奨学金制度は、子どもたちが教育を受ける機会を保障し、彼らが労働に駆り出されるリスクを低減することに寄与しています。

「作り手」の願いと未来への希望

アミナさんは、自身の経験を通じて、フェアトレードが単なる「公正な価格」以上の意味を持つことを実感しています。彼女は語ります。「フェアトレードのおかげで、私たちの生活は安定し、子どもたちが教育を受けられるようになりました。これは何よりも大切なことです。これからも、地球に優しい方法でカカオを育て、私たちの生活を守り、子どもたちがより良い未来を築けるように努力していきたいです。私たち生産者の努力が、世界中の人々の笑顔につながることを願っています。」

アミナさんのような生産者たちの地道な努力と、フェアトレードの仕組みが融合することで、カカオが育つ森は豊かさを取り戻し、その恩恵を受ける人々の暮らしは着実に改善されています。彼らのストーリーは、私たちが消費する一つ一つの商品が、遠く離れた土地に暮らす人々の生活と密接に結びついていることを示しています。フェアトレードを通じて、持続可能で公正な社会を築くための彼らの挑戦と希望に、私たちはこれからも耳を傾け続けるべきでしょう。