エチオピア・コーヒー農家の選択:気候変動を乗り越え、持続可能な未来を築くフェアトレード
エチオピア、コーヒー発祥の地での厳しい現実
エチオピアは、コーヒー発祥の地として知られ、その芳醇なアロマと複雑な風味を持つコーヒーは世界中で愛されています。特に南部のイルガチェフェ地方は、高品質なウォッシュドコーヒーの産地として名高く、多くの小規模農家が生計を立てています。しかし、その豊かな自然と伝統的な農業が今、地球規模の課題、特に気候変動の大きな影響を受けています。
長期にわたる干ばつや予期せぬ豪雨、病害の増加は、コーヒーの収穫量を不安定にし、品質の低下を招いています。これらの変化は、生計をコーヒー生産に依存する農家にとって死活問題となり、若者の都市部への流出といった社会的な問題にも繋がっています。
若き生産者、ケベデさんの日常と希望
イルガチェフェ地方ゲデブ地区に暮らすケベデ・ゲブレキリストさん(30代)は、3ヘクタールの土地でコーヒー栽培を営む若き生産者の一人です。彼には妻と3人の幼い子どもがおり、家族全員でコーヒー農園の世話をしています。早朝、まだ夜明け前の涼しい時間から、ケベデさんは家族と共に農園へ向かいます。日中の厳しい日差しを避けるため、早朝と夕方に作業を行うのが彼らの長年の習慣です。コーヒーの木の剪定、雑草の手入れ、そして成熟したチェリーの丁寧な手摘み。彼の指先は、一つ一つのチェリーの熟度を正確に見分けます。
ケベデさんの家は土壁とトタン屋根のシンプルな作りで、電気や水道はまだ十分に普及していません。日々の食卓には、エンジェラ(エチオピアの主食であるクレープ状のパン)や豆料理が並びます。彼の暮らしは質素ですが、子どもたちの教育には人一倍熱心です。子どもたちが安定した未来を歩めるよう、ケベデさんは日々の労働に勤しんでいます。
かつて、気候変動の兆候が見え始めた頃、収穫量の減少は彼の家族の生活を直撃しました。市場価格も不安定で、子どもたちの学費や医療費を捻出することにも苦慮していました。しかし、彼は希望を捨てませんでした。
フェアトレードがもたらした具体的な変化と支援
ケベデさんがフェアトレードと出会ったのは、地元に設立された生産者協同組合「イディド組合」に参加したことがきっかけです。イディド組合は、複数の村の小規模農家が集まって組織されており、フェアトレード認証を取得しています。組合に加入したことで、ケベデさんの生活には具体的な変化がもたらされました。
まず、最も大きかったのは収入の安定です。フェアトレードでは、市場価格の変動に左右されにくい「最低価格保証」があり、さらに「フェアトレード・プレミアム」(奨励金)が支払われます。これにより、ケベデさんの年間の平均収入は、組合加入前に比べて約20%向上しました。この安定した収入により、子どもたちの学費を滞りなく支払えるようになり、病気になった際には診療所へ行く余裕も生まれました。
イディド組合は、プレミアムをコミュニティ全体のインフラ整備や生産技術向上に活用しています。例えば、近年では気候変動への適応策として、日差しや乾燥からコーヒーを守るための「シェードツリー」の植林活動を積極的に推進しています。ケベデさんの農園にも、組合が提供する苗木を植え、コーヒーの木が健全に育つ環境を整えました。また、病害に強い品種への転換や、土壌の健康を保つ有機農法の研修も定期的に開催され、ケベデさんも熱心に参加しています。
これらの取り組みにより、収穫量の不安定さは徐々に解消されつつあります。イディド組合のデータによると、組合全体でのコーヒー生産量は、気候変動の影響が顕著になった2010年代半ばと比較して、過去5年間で平均15%増加し、品質も安定していることが報告されています。
直面する課題と未来への取り組み
しかし、課題は依然として存在します。気候変動による新たな病害の発生リスクや、若者の都市部へのさらなる流出は、将来の労働力不足に繋がりかねません。また、水のアクセス改善や、より効率的な精製施設の導入も喫緊の課題です。
イディド組合はこれらの課題に対し、多角的なアプローチで取り組んでいます。例えば、若者がコーヒー農業に魅力を感じ、地元に留まるための「若者向け農業トレーニングプログラム」を実施し、新しい農業技術やビジネススキルを教えています。これにより、新たな世代がコーヒー農業を継承し、さらに発展させていくことを目指しています。
「フェアトレードのおかげで、私たちは単にコーヒーを売るだけでなく、未来のための投資ができるようになりました」とケベデさんは語ります。「以前は日々の暮らしに追われるばかりでしたが、今は子どもたちの教育や、もっと持続可能な農業について考える余裕があります。この土地で、良いコーヒーを作り続け、子どもたちに豊かな自然を残したい。それが私の夢です。」
フェアトレードが紡ぐ、持続可能な未来への物語
ケベデさんの言葉は、フェアトレードが単なる「公正な価格」以上の価値を持つことを物語っています。それは、生産者が自らの力で課題を乗り越え、より良い未来を築くための「選択肢」と「希望」を提供することです。エチオピアのイルガチェフェ地方で、気候変動という困難な現実に立ち向かいながらも、フェアトレードの力を借りて持続可能なコーヒー生産を追求する生産者たちの姿は、私たち消費者に、一杯のコーヒーの向こうにある「作り手」の人間性と、彼らが紡ぐ豊かな物語を伝えてくれます。彼らの努力と選択が、未来のコーヒー産業、そして地球環境そのものを守る力となっているのです。